鋼作_鍛冶屋_有限会社 田中鉄工所
 
中日新聞 記事 平成21年5月3日

 鉄の棒にバーナーの火を当てる。数秒後、爆発音とともに火花が飛び散り、厚さ数センチの鉄が分断された。棒の断面にはごつごつした波状の跡。製品にする時はヤスリで削って表面を整えるが、「この丸みに味わいがある。鉄の切り口の自然な感じをアート作品で表現できれば面白い」と笑った。
 高山市江名子町にある田中鉄工所の工場。社長の田中宏知さん(四三)は、父親の文雄さん(七三)と弟の秀治さん(三八)とともに精を出す。
 鉄を使ったアート作品へ挑戦し始めたのは昨年から。取っての付いた皿やランンプシェードなどを自ら考案し、展覧会などに出すようになった。
「注文を受けて作る職人の仕事とは正反対の姿勢。始めたころは父にいい顔はされなかったけど」

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 物心ついたころから鉄と生活を共にしてきた。家業を継ぐため、二十歳のときに高山へ戻り、文雄さんから鍛冶の技術を学び、二代目として受け継いだ。
 鉄工所は、文雄さんが高山の鍛冶職人のもとで腕を磨き、一九七三年に独立して創業した。当初は木工に使う刃物を製作。その後、高山祭の主役である屋台の木製の車輪を保護するため巻かれている鉄の「輪締め」の製作、修復を手掛けるようになった。今では、京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)や愛知・犬山祭の車山(やま)をはじめ、日本各地から輪締めの注文が入る貴重な存在。高山でも、輪締めを手掛ける唯一の鍛冶職人だ。
 輪締めは、車輪の直径より数ミリ小さい鉄の輪を作り、八〇〇度から一〇〇〇度まで熱して膨張した鉄を車輪にはめ、水で一気に冷やして装着する特殊な技術。常に鉄が車輪に食い込む力が働き、いくら使い込んでも車輪から外れることはないが、寸分違うとはまらない。そんな仕事が続いているのは「祭り屋台があって、技術を持った大工さんが身近にいるからこそ」と田中さんは言う。

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 身の回りの生活に欠かせなかった鉄は、ステンレスに代わりつつある。田中さんも「需要は減っている」と肌で感じている。それでも、鉄という素材にこだわる。鉄には「さび」という弱点があるが、それも素材としての魅力とみる。
「さびにもいろいろあって、赤さびを越えると黒さびになる。風化した落ち着きが表れてくる。」職人の手間と時間で、木と同じように鉄も磨かれる、と確信している。
 アートへの挑戦は、継承されてきた技術を残すためでもある。依頼主があって初めて取り掛かる職人仕事との違いはあるが、「鉄の文化を絶やすわけにはいかない。鉄でできることを常に考えている」。

【 平成二十一年五月三日発行 中日新聞 掲載より 】


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